ネタバレ『所JAPAN お家で観光気分!鎌倉開運トライアングル』で紹介した歴史&スポットまとめ(2020年4月27日放送)

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所JAPANで、鎌倉の面白い歴史について放送していたので紹介します。これを知っていれば、観光する時にもっと楽しくなること間違いなしです(^^)♫ 

 

目次

大仏にまつわる歴史

実は大仏は金色だった!右頬の色が違う部分知ってる?

鎌倉の大仏は13m、121トンもあり、奈良の大仏と並ぶ開運スポット。大仏ができた当時、実は全身金色だったそうです!

なぜ金色だった大仏が、今の様な鉄が錆びた様な色になったのか?

それは元々大仏は、木造の大仏殿の中に安置されていました。でも室町時代に台風で大仏殿が倒壊。それ以降大仏は雨風に晒されたため、金がはげ今の色になったそうです。

右の頬の色が違うのは、昔金色だった頃の名残と言われています。

ちなみに大仏の周りにある石。みなさん、休憩する場所の様に今は椅子の様に使われていますが、昔その石は大仏殿を支えていた礎石だったそうです。

その台座からできた日本語があります。大仏は、台座に乗ることで威厳がでます。台無しという言葉は、台が無くなる事で威厳が弱くなることから作られた言葉だそうです。

 

鶴岡八幡宮にまつわる歴史

鶴岡八幡宮は源頼朝が最初に作ったのが寺院で、出世運や勝負運の開運スポットです。昔はいい国(1192年)作ろう鎌倉幕府と言われていましたが、今はいい箱(1185年)作ろう鎌倉幕府と言われています。

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若宮大路は北条政子への思いが込められている

若宮大路は、北条政子が妊娠した時に整備されたものです。

当時は出産は命がけでした。源頼朝は政子が無事出産できる様に、当時真っ直ぐではなかった若宮大路をまっすぐに整備。参道=産道を真っ直ぐに整備し、安産祈願しました。

鶴岡八幡宮には政子石という石があり、安産祈願のご利益があると言われています。

これを聞くと「どんだけ頼朝、政子のことが好きなの!?」と思いますよね。いや、本当にあの二人は実は大恋愛の末、結婚しているんです。

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源頼朝と北条政子は、駆け落ちするほど大恋愛だった?!

源頼朝は父が戦いに負けたため、罪人として伊豆に島流しされ、20年ものあいだ罪人として過ごてきました。その時に出会ったのが、北条政子です。

北条政子は平家の人間。源頼朝は武家の人間。
どちらの家にとっても敵だったのにも関わらず恋に落ち、駆け落ちする様に結婚したそうです。北条政子は身分がある人間だったのに罪人と結婚したわけですから、大恋愛だったのがわかりますね。

北条政子は源頼朝死後、供養の為に寿福寺というお寺を建てます。でもそのお寺には北条政子と子供の実朝のお墓はありますが、頼朝のお墓を建てられることはありませんでした。

その理由はわかっていませんが、せめてこんな大恋愛で結ばれた二人ですから、お墓だけでも側に建ててあげれたら良かったのになぁと個人的には思っています。

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若宮大路が長いのは、武士の信頼を集めるため

鶴岡八幡宮は、元々は頼朝の5代前の相模守であった源頼義が建てたものでした。

今よりもっと海に近くにあり、それを頼朝が今の場所に移設します。頼義が建てたものは、今は元八幡(由比若宮)と呼ばれ今も存在します。

昔は若宮大路の幅は33m、長さ2キロの大きな道でした。そして若宮大路を横切る様に六浦道と東海道と2つの大きな道がありました。1180年源平合戦の時代、東海道は武士通り道でした。

頼朝が鶴岡八幡宮の近くにあった六浦道ではなく、遠くにあった東海道を拠点としたのは、若宮大路を長く見せ鶴岡八幡宮をより大きく見せる為でした。それは武士に巨大な鶴岡八幡宮を見せつけ、信頼を集めるためだったそうです。

長さだけでなく、若宮大路は鶴岡八幡宮に行くにつれ段々細くなっています。それも遠近法で鶴岡八幡宮を大きく見せる為です。

ちなみに鎌倉時代、武士達は若宮大路の右側にこぞって家を建てました。それは右=東の方が数十センチ高いから。高い方が住みやすいので、東から栄えていったそうです。

源平池には、平家滅亡の願いが込められている

鶴岡八幡宮の源平池と平家池。夏になると蓮子の名所になりとても綺麗です。右が源平池、左が平家池。源平池には3つ島があり、平家池には島が4つあります。

源平池の3は「産」を、平家池の4は「死」を意味していて、源氏が栄え平家が滅亡する願いが込められていると言われています。

ただ逆の意味もあると言われていて、源平池の3は「散々」平家池の4は「幸せ」を意味しているという説もあります。それは北条政子が元々は平家に仕えていたので、政子を思ってそうなったとも言われています。

 

建長寺にまつわる歴史

武士達の間で大ブーム!座禅はなぜ流行ったの?

鎌倉時代、座禅は武士達の間で大流行しました。最近では女性に人気で、建長寺は座禅をする為に沢山の人が訪れているそうです。

建長寺は、日本初の禅の道場。元々座禅とは、お釈迦様が初めて悟りを開いた時の修行法です。

武士は読み書きができない人が多かったので、読み書きがいらない座禅は広まりやすかったそう。そして武士は戦いが多かったので、座禅が心の拠り所となったとも言われています。

この様なこともあり鎌倉時代、武士達は次々と北鎌倉にお寺を建てていきました。当時は今の10倍の500以上のお寺があったそうです。その流れでできたのが、鎌倉 長谷にある「鎌倉の大仏」です。

大仏は座禅を組んでいて禅に関わりが深いはずなんですが、実はなぜできていたのかはわかっていません。吾妻鏡という全52巻の当時の様子が書かれた資料にも、そこの部分だけ何故か抜けていて様子がわからないままになっています。

 

最強の開運トライアングル!極楽に行ける参拝ルート

実は「鎌倉の大仏」と同じ時期に2つの仏像が作られています。それは3点セットになっていて、とても大事なものだそうです。あと2つの神様を紹介します。

長谷寺の十一面観世音菩薩像

長谷寺の十一面観世音菩薩像は、高さ9.18mもあり日本最大の木造の観音様です。十一面観世音菩薩ですからいろんな顔があり、どんな苦労も見逃さないという意味があるそうです。

十一面の1番上の顔は悟りを開いた顔。その顔がなんとも言えない表情なので、仏頂面という言葉ができました。

そして正面からは見えない裏の11番目の顔は、笑ってる顔です。これを暴悪大笑面といい、参拝者の悪事を見透かして笑っているそうです。

テレビでは笑った顔も特別に見ることができて、笑顔いいね!と思ったんですが、悪事を見透かして笑ってると聞くと背筋がゾーッとしてしまいました(^^;)

仏様には、格付けがある

元々仏教には阿弥陀如来→菩薩という格付けが決まっています。なので鎌倉では大仏の阿弥陀如来は格付け第1位、長谷の十一面観世音菩薩像は第2位となります

この差は、煩悩の数と言われています。大仏は雨風に打たれて色が変わっても気にしない、煩悩がない状態。

一方長谷の十一面観世音菩薩像は装飾がありおしゃれ。煩悩があると判断されます。菩薩のなりたい像が大仏。頭の上の菩薩は、大仏になりたいという煩悩の現れだそうです。

そして第3位が、北鎌倉の円応寺の閻魔大王です。

北鎌倉 円応寺の閻魔大王

閻魔大王は高さ2mあり、怒っているのか?笑っているのか?わからない迫力がある表情をしています。閻魔大王は死後冥界で出会い、生前の行いを裁く裁判官です。

今は北鎌倉にある円応寺の閻魔大王ですが昔は長谷にあったそうで、大仏、十一面観世音菩薩像、閻魔大王はトライアングルで参拝しやすいルートになっていたそうです。

何故このような3体の仏像ができたのか?

承久の乱で武士達が勝利し、後鳥羽上皇らを島流しにしたが、その時期農作物が不作が続き大変だったそうです。

それが天罰だったのではないか?と民衆は思い、それを救済する方法、考えを変えさせる為、3体の仏様を作り極楽に行ける参拝ルートを作ったと言われています。

地獄→救済→極楽。この順番に周るのが、極楽に行ける参拝ルート

円応寺の閻魔大王に、悔い改める
長谷寺の十一面観世音菩薩像に、許しを乞う
そして最後に、極楽浄土の大仏さまに手を合わせる

地獄→救済→極楽。これが極楽に行ける参拝ルートです。

この「開運トライアングル」を順番に手を合わせることで、極楽浄土に行けるそうです(^^)

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いかがでしたか?

頼朝と北条政子には、深〜い愛情を感じてほっこりしました。歴史や背景を知ると、観光がより楽しくなりますね。

そして極楽に行ける参拝ルート、ぜひ実践してみてください♫きっと開運できますよ(^^)

この記事も参考にどうぞ♫

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この記事を書いた人

ひとみ ひとみ かまくらいふ編集長

世界52カ国を旅した旅マニア。鎌倉で結婚式をあげ、北海道から移住しちゃうくらい鎌倉好き。趣味は、鎌倉で食べ歩き&飲み歩き。日夜美味しいものを求めて鎌倉探訪する、旨いものハンター!

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